今年の人事で起こったいろいろなこと
1.最初の6年担任要請
最初に来年度の人事について自分に打診があったのは3月初め。来年度も今の学校に残ると市教委から連絡があり、その旨を校長に伝えたときだった。第一声が「6年」だった。 新6年(当時は5年)が荒れていたし、その建て直しや大人の人間関係から考えると、自分が6年に行くのは当然の流れと思っていた。周囲もそのように考えていた。
2.同じ学年を組んだ先生が呼ばれる
今年一緒に組んだ先生(A先生・女性)が校長に呼ばれた。A先生は自分の家庭のこと・当時持っていた学年の子どもたちが落ち着いたとはいえ、まだまだ心配だということ・私がおそらく6年に上がってしまうだろう、ということから、持ち上がりを希望していた。 校長からA先生への打診は5年。その時は保留。
3.A先生、校長室に呼ばれる
修了式の2日前、A先生が再び校長室に呼ばれた。打診は変わらず。終わった後、A先生があまりにも憔悴していたので、話を聞いてみることにした。すると、
・なぜ私(A先生)が大人の人間関係まで考えてこの案を呑まなければならないのか、納得できない
・5年生をやるには男手が絶対必要。その案で組むことになっている女性2人が嫌なのではない。
・どうしても5年というなら、自分(これを書いている私)を5年に入れてくれといった。
もう一人若手の男(B)はいたのだが、Bではなく私を指名した理由は、Bが去年一緒に組んだほかの2人のうち、一人を仲間はずれにするようなやり方をしたことへの不信感があったからだそうだ。
その直後、今度は私が校長室に呼ばれた。
来年の配置の紙を見せられ、
「6年でお願いしようと思っている。ただし、5年になる可能性もある。」と言われた。
私は、「わかりました。ただ、5年は一度持った子たちで、1年離れていたのでやりづらさがあります。」と答えた。
4.修了式前日
人事は修了式後に発表されることが通例となっているため、この日がいろいろと動かす最後の日である。
午後、校長室に呼ばれた。人事の紙には私が5年の担任として載っていた。
校長「これでいこうと思う。5年が女性だけでは不安だという声もあったので、この配置にした。」
私「わかりました」
5.個人的な見解
その後、いろいろな人が泣いている、怒っているという話を聞かされ、また同じ学年を組むことになったもう一人の女性(C)も、今回のことには納得していなかったらしく、たいそう機嫌が悪くて、このまま学年をやっていけるのか猛烈に不安になり、家で気を失って倒れるほどだった。
しかしよくよく考えると、適性云々は別にして、人事の最終決定は校長にあるはずである。いろいろな打診があったり、要望を聞いたり、あるいは勝手に予想して当たる外れるがあったりすることはあったとしても、思った通りになるものではない。逆に校長の立場から考えると、特定の学年を持てない人がいたり、様々な大人の事情を考えたりしながら配置を決めなくてはならないこと自体が苦痛なはずである。
そういう意味では、自分自身は、ほかの人では難しいと思われるところを任されることは名誉なことだし、誰が一緒でもうまくやっていこうと考えているので、NOは基本的にない。
自慢するつもりはないが、この2年間は建て直しをしてきた。建て直しをしたということは、建て直しをせざるを得ない状況が前年にあったということだ。いろんな人が泣いたり怒ったりするのは構わないが、根本的な問題は、そういう状況を生んでしまうことじゃないのか?
自分はどこであっても、誰とやっても、やれることを一つでも見つけてやる。それだけだ。
***
ご意見ご感想は@Toshionicまで





